
鍼治療は、補完代替医療として近年ドイツでも認知が高まっていますが、果たしてその効果には科学的根拠があるのでしょうか。また、鍼治療を科学的に検査することは可能なのでしょうか。今回は、ドイツとWHOの鍼治療に対するの取り組みについて記事にまとめました。
科学的根拠とは
EBM Evidence Based Medicineという言葉があります。訳すと「証拠に基づく医療」となります。証拠(エビデンス)とは、管理のもとに行われた試験と研究から得られた結果をさします。研究データを収集、評価、整理する体系的な方法で導きだされた、客観的証拠を基に行われる医療を、証拠に基づく医療、つまり科学的根拠のある医療といいます。
ドイツにおける鍼治療と現代医療
少し古い資料からですが、2007年に改訂版がでた鍼灸の専門書(1)によると、ドイツの開業医の10%が鍼治療を行い、その中でも整形外科医は40%、内科医は36%が鍼治療を診療所で行っていると出ています。公的健康保険の当時の調査によると、過去5年間で約7百万人の患者が鍼治療を受けたと出ています。この数値を見ると、ドイツで鍼治療が、医師によって行われている、つまり現代西洋医学に付随的ではあるものの組み込まれていることがわかります。特に、整形外科での利用が半数近く多いことを鑑みると、痛みなどの運動系の疾患で鍼が活用されているといえます。
ドイツにおける鍼治療と健康保険制度
ドイツを代表するAOKやTKといった公的健康保険は、慢性的な疼痛治療に鍼治療の適用を認めています。しかしながら、かなり制限のある条件を満たす必要があるのも事実です。6か月以上の慢性の疼痛であること、腰痛、または変形関節症を原因とする膝痛であること、保険会社が指定する医師に鍼治療を受けること、といった前提条件付きです。さらには、6週間以内10回までの治療に適用という期間まで制限されています。しかしながら、公的健康保険が鍼治療の効果を一部なりとも認めているのは前向きな事実です。その科学的根拠となったのが、以下に述べる二つの大きな研究結果でした。ちなみに、ドイツのプライベート保険は、鍼治療費を部分的もしくは全額認めている場合があります。いずれにしても、保険会社と被保険者との間の契約内容によるものなので、様々なケースがあり一概に言えないところはありますが、鍼治療の有効性がドイツで多少なりとも認められているといえます。
ドイツの鍼治療の科学的根拠を求める動き
2000年から数年間にドイツにおいて、公的健康保険、大学研究機関、ドイツ連邦政府の3者が関わる、鍼治療の有効性を測る2つの大きな調査がなされました。
ART(Acupuncture Randomized Trials)鍼治療のランダム化臨床試験
Gerac(German Acupuncture Trial)ドイツ鍼治療試験
これらの試験では、腰痛、ひざの関節痛において、鍼治療の効果を通常の治療と比較検討し、その有効性が明らかに高いことが数値的に証明されました。
世界的な動き WHOと鍼治療
2019年にWHO(世界保健機関)が国際疾病分類の第11版(ICD-11)を採択した際に、伝統医学という項目を新しく盛り込みました。中国伝統医学や鍼灸、漢方治療の実態を把握したいという目的です。特に、伝統医学は開発途上国で行われていることが多く、これまでの現代西洋医学のみを扱う先進国に偏ったデータではなく、世界中の医療実態を広く把握する目的です。ただし今回の採用は、WHOが伝統医学や鍼灸の有効性を認めているという意味ではなく、今後集められる統計いかんによって、その重要性が確認され、科学的根拠を求める研究が盛んに進められてていくことと期待します。
実はひと昔前、1979年にWHO では鍼灸の適応症が議題に取り上げられたことがありました。「鍼灸に関するWHO地域間セミナー(北京)における暫定リスト」とよばれるものです。そこでは、鍼灸の適応症が約40件挙げられましたが、あくまで臨床経験によるものであり、臨床試験による科学的根拠を得たものではありません。こうした過程を経て、今回のICD-11での伝統医学章の追加、これから将来への道が続いていくのだと期待します。
さて、今回は鍼治療の効果を測る取り組みをドイツとWHOの例で考えてみました。
経験による民間療法とあいまいに思われがちな鍼灸治療ですが、2500年以上前から伝わる伝統医療の一つとして続いてきただけに、これまでの人々を納得させる何かがあると考えられます。それは現代の技術ではまた数値化するには難しい面もあり、また通常の医薬品や医療技術に比べると確実性に欠ける面も否めません。科学的根拠という視点から見れば、もちろん現代医学にはかなうはずはありません。中医学のモノサシは全く別のものであると考えます。ここで競う必要はなく、両方のいいところを自分にあったように利用するのが、今の私達に必要な心構えであるといえます。
鍼治療とその有効性をもとめる研究は世界中で行われており、とても幅広く内容が深い分野です。今後引き続きこのテーマを少しずつ取り扱っていきたいと思います。
ドイツ自然療法士
ハイルプラクティカー
島部ストラスナーアキ
参考文献:
Stux, Stiller, Berman, Pomeranz (2007), Akupunktur Lehrbuch und Atlas 7. Auflage. Springer
Molsberger, Albrecht; Diener, Hans-Christoph; Krämer, Jürgen; Michaelis, Jörg; Schäfer, Helmut; Trampisch, Hans Joachim; Victor, Norbert; Zenz, Michael.
GERAC-Akupunktur-Studien: Modellvorhaben zur Beurteilung der Wirksamkeit
https://www.aerzteblatt.de/archiv/gerac-akupunktur-studien-modellvorhaben-zur-beurteilung-der-wirksamkeit-b6e25cab-a53e-49a0-a4e5-13e4e0847a08 (accessed 13-02-2025)
Witt, Claudia M.; Brinkhaus, Benno; Jena, Susanne; Selim, Dagmar; Straub, Christoph; Willich, Stefan N.
Wirksamkeit, Sicherheit und Wirtschaftlichkeit der Akupunktur - Ein Modellvorhaben mit der Techniker Krankenkasse
https://www.aerzteblatt.de/archiv/wirksamkeit-sicherheit-und-wirtschaftlichkeit-der-akupunktur-ein-modellvorhaben-mit-der-techniker-krankenkasse-552d32e8-cbd3-44bc-b594-a54a864aa6f2 (accessed 13-02-2025)
日東医誌 Kampo med. Vol72, No.4, 461-472, 2021, 国際疾病分類第11回改訂版 伝統医学章開設の意義 https://www.jstage.jst.go.jp/article/kampomed/72/4/72_461/_pdf/-char/ja (閲覧日:2025年2月12日)
森ノ宮大学 鍼灸情報センター 鍼の適応症とWHO https://mumsaic.jp/news/index.php?c=topics_view&pk=1409896618 (閲覧日:2025年2月12日)